[特集]ひとみしょう 作 『世界が変わるとき』第2話(ユカイノベル)

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ひとみしょう 作 『世界が変わるとき』第2話

―――それは、一人の女性の成長物語―――
ユカイノベル

世界が変わるとき ~自分に自信がなかったわたしが自信を持つまで~

ひとみしょう 作

第2話「風俗業界で稼ぐコツ」

道頓堀

歌舞伎町のホストクラブにわたしが入れあげて半年が過ぎたころ、借金は300万円を越えようとしていた。

ホストクラブのツケが100万円、クレジットカード4枚のリボ払いの残高が100万円、それに、調子に乗って組んだエステの信販が100万円くらいで、合計300万円だった。

26歳にして300万円の借金を背負うことになるなんて、想定していなかった。

わたしはまあこんなもんだろうと自分に言い聞かせるしかなかったけれど、借金の返済について深夜にひとりで思いつめる自分が嫌いだった。

だからわたしはホストクラブで、もうこれ以上お店に通えないとホストに言った。エステの店員さんや洋服屋の店員さんに「あたし、もうお金がないから買えません」なんて、恥ずかしくてちょっと言えない。かわいいホスト君になら、酔っ払ったふりをして言える。

ホストの答えはすごく単純だった。

「お金がないんなら、風俗嬢専門の街金を紹介してあげるよ。借金って1本にしたらすごく楽になるの、知らない?」

続けて彼は、街金とはなにかを教えてくれた。ちょっとばかり金利が高い金融屋のことだと、そのときわたしは初めて知った。

まあ金利が少々高くても、借金を1本にまとめてしまえば楽になるだろう。そう判断して、ホスト君の紹介で街金の事務所に行くことにした。

街金の事務所は、歌舞伎町のわたしが勤めるデリヘルの事務所のすぐそばにあった。

事務所の応接室に通されると、すでにテーブルの上には書類が用意されてあり、闇川(やみかわ)と名乗る若いイケメンが、そうすることが当たり前という感じで、書類の右上を指さして「ではここに今日の日付を書いてください」と言った。

闇川と名乗る男は、わたしが歌舞伎町のデリヘルで毎月100万円ほど稼いでいることを知っているようで「うちは少々金利が高いですが、優子さんなら300万円なんて、あっという間に返せますよ。優子さんがアルバイトをしているデリヘルのオーナーから、優子さんの評判は聞いていますから」と言った。わたしは少しほっとした。

同時に、デリヘルもホストクラブも、ここの街金もぜんぶ、わたしが勤めるデリヘルのグループ会社みたいじゃないかと思った。でもそれはそれでよかった。

大きなスーパーマーケットのように、欲しいものがぜんぶ用意されているすごく便利な環境……このことに異議を申し立てる人っている?

結局、毎月20万円の18回払いという、金利がいくらなのかさっぱりわからない数字だけに納得したわたしは、さっさと契約書にサインをした。金利がいくらなのかは、わたしにとってさほど問題ではなかった。毎月支払いやすい金額で借金を1本にまとめることが、わたしにとっての大問題だった。

翌日、わたしの口座に約束どおり300万円が振り込まれていた。正確には、申込手数料を20万円引かれていたので、280万円が振り込まれていた。

わたしはちょっとがっかりしたけれど、それでも喜んでクレジットカード会社に支払いをし、エステに支払いをし、残ったお金を握りしめてホストクラブで支払いをした。

でも、これが大きな間違いだった。

280万円しかなかったものだから、ホストクラブへのツケが20万円ほど残った。それについて「まあ来月のデリヘルのお給料で払えばいいや」と思っていた。

でもホストは相変わらずほとんど毎晩のようにわたしのスマホに「今日、お店に来てよ」なんて、営業メールをしてくる。

わたしは断るのが下手だから、誘われるままにお店に行く。わたしがツケをお店に残したままバックレないかどうか、ホスト君はちょっとばかり怪しんでいるのだろうということも、なんとなくわかる――かわいらしいホスト、わたしのことを切実に必要としてくれているホスト、わたしは彼に嫌われたくない!

で、結局、借金を1本にまとめた3ヶ月後に、わたしは新たに100万円のツケをつくることになり、そのことで街金への支払いが遅れがちになり、闇川さんに呼び出された。

闇川さんが指定してきたカフェは、歌舞伎町のはずれの寂れたカフェだった。

寂れたカフェで、氷で薄まったオレンジジュースを飲みながら、闇川さんはわたしを熱心に(じつに3時間も!)説得した。

彼の長い話を要約すると、こういうことだ。

――優子さんは、昼間の仕事も夜のデリヘルの仕事もまじめにやっているみたいですね。あなたが在籍しているデリヘルの店長や、あなたが通っているホストクラブのホストたちから聞きましたよ。

優子さんみたいにまじめな女性を、ぼくは借金漬けにしたくありません。できることなら、300万円くらいの借金を、デリヘルでがんばって働いて、前倒しで支払って1年間くらいで完済して、ふつうの女の子としての生活を取り戻してほしい。できますか?

わたしは「無理です」と答えた。

金額だけを考えると、そんなの、目をつむっていてもできる。だって毎月100万円からデリヘルで稼いでいるのだから、金利の支払いを考慮しても、その気になれば半年で完済できる。

でもわたしは意志が弱い。かわいい顔をしてお腹をすかせているホストの顔がわたしの心によぎる。いつも行っているルミネの店員さんの顔が心によぎる。わたしに泣きついてくるエステの店員の顔が心によぎる。だからわたしは闇川さんにふたたび言った。

「わたしは意志が弱いから無理です」

闇川さんは、なにをそんな当たり前のことを言うの? みたいな感じでわたしの目をじっと見つめていた。

わたしを見つめる闇川さんの顔は、わたしと同い年のように見え、それはホストよりもかわいらしい表情だった。かわいらしい顔の闇川さんは、わたしの話を親身に聴いてくれたから、わたしは自分のほとんどすべてを彼に話した。きっと彼に「優子さんみたいにまじめな女性を、ぼくは借金漬けにしたくありません」と言われたから、褒められるとうれしくなってしまうわたしの口がすべったのだろうと思う。

箇条書きにすると、わたしはちょっと泣きながらこんなことを彼に話した。

・昼間の仕事のお給料だけでは生活ができないので、デリヘルで働いていること。

・デリヘルの仕事は、ちょっとキツいけど、それなりに稼げていて楽しいこと。

・でも、稼げば稼ぐほど、なぜかわけもなく淋しくなり、お金を使いたい衝動に駆られること。

・だから、歌舞伎町のホストクラブに通えないほど、遠い場所に引っ越して、その場所で風俗のアルバイトをしたなら、きっと毎月100万円くらいは支払えるだろうと思っていること。

わたしの話を聞き終えた闇川さんが言ったことはたったひとつだった。

「では大阪の難波のセクキャバでも紹介してあげましょうか?」

「大阪? セクキャバ?」わたしは不思議そうに聞き返した。

大阪の道頓堀の繁華街にあるセクシーキャバクラを知っているので、そこの店だと、歌舞伎町から遠すぎるほど離れているから、歌舞伎町のホストクラブに通いたいという誘惑を断ち切って、実直で素直な優子さん本来の性格を取り戻して、まっとうな経済活動ができるでしょ?

闇川さんはこんなことを言った。

実直で素直な優子さん本来の性格!

わたしは本当の自分を闇川さんが評価してくれているように思え、うれしくなって「はい、では大阪に引っ越します」と闇川さんに笑顔で言った。

だって本当のわたしは実直で素直な女の子なのだから。

それに、闇川さんの表情からは「優子さんのことが好きです」という彼の100%善意と愛が見て取れた。こういういい人は、わたしのことを騙したりしないでしょッ! 暮らす環境を変えて、新しい自分に生まれ変われるのなら、善意100%の彼を味方につけられそうな今がチャンスかも! 環境を変えたら、わたしは自分のことを好きになれるかもしれない、ふつうの女の子のふつうの暮らしができるかもしれない。

こんな浮ついた期待があった。

でも闇川さんはいたって冷静だった。

「優子さん、セクキャバって知ってますか?」彼はわたしに尋ねた。わたしは当然のように「知らない」と答えた。本当に知らなかった。

闇川さんはわたしにセクキャバについて教えてくれた。

――あのね、セクシーパブとか、おっぱいパブとか、ハッスルパブとも言うけど、ようするにぜんぶセクキャバです。お客さんの膝の上に女の子が座って、キスや胸揉みなんかをするお店。ふつうのキャバクラみたいにお客さんと一緒にお酒なんかを飲みながら、おっぱいを揉むとかキスをするということがプラスされているお店のことです。

ピンサロなどとちがって、射精させるサービスはありません。お店の方針にもよりますが、基本的には口や手で直接ペニスを触るサービスもありません。

それでいて時給5,000円以上だったりもするので、ひと晩で軽く3万円以上は稼げます。20日勤務すれば60万円以上という計算になります。指名料や同伴料のバックを入れたら、月に100万円以上稼げます。デリヘルより、精神的にも肉体的にもきっと楽だろうと思います。

暮らす環境を変えるチャンスとは、自分を変えるチャンスだ。そういう機会は、人生のなかでそうたくさんはやってこない。

わたしはこう考えていたし、実際にすごく簡単にそのようになった。

昼間の会社に辞表を出したらすぐに受理されたし、大阪の部屋は、これから働くことになるお店が、大阪のミナミに用意してくれた。

道頓堀のセクシーキャバクラは、本当におもしろいように稼ぐことができた。

お客さんの膝の上にまたがって座ったら、お客さんはわたしの胸を触ってくる。ひとりでお店に来たお客さんには、恋人にするように耳元で「わたしもなにか飲んでいい?」とささやく。

たいていのお客さんはダメとは言わないので、ドリンク代は簡単に稼げた。

お店の照明が少し暗くなって、BGMが大きくなるダウンタイムのとき、お客さんの乳首を触ってあげると、お客さんのカチカチになっているアレがわたしの太ももに当たる。お客さんが「出そうだからもう無理」と切ない声で言うころ、ダウンタイムは終わり、延長料金を稼ぐことができた。

団体客だったら、たいていお酒が入った状態でお店にやってくるから、もっと簡単だった。学園祭みたいに騒いでいたら、何回でも延長してくれた。

いきなりお客さんの膝の上にまたがってきて両乳首をいじる逆セクハラ……唇へのキス攻撃……お客さんの耳を舐めつつ「気持ちいい?」と聞いて、股間に手を伸ばしてあれこれ……で、最低日給が3万円ちょっと。デリヘルよりチョロい!

しかも指名料が入ると4~5万円も稼げる!

デリヘルのようにフェラをすることもないし!

もちろんドレスの中に手を侵入させてきて、太ももやパンティを触ってくるお客さんはいる。でもそれだけ。その先がなくて最低でも3万円以上稼げる!

そんなある日――わたしが、大阪の難波のセクキャバで働きはじめて3週間ほどが過ぎたある日、闇川さんが店に客としてやってきた。もちろん店に来る前に、わたしのスマホに電話があった。

「あのぉ~、上司が、本当に優子さんが自己申告した住所に住んでいるのか? 本当に申告したミナミのセクキャバに在籍しているのか、見てこいってうるさいんですよ。だから、今夜、優子さんが働いているミナミのセクキャバに、ぼく、行こうと思うんですけど、店におじゃましても大丈夫ですか?」

わたしは「もちろん」と答えた。

彼の声からは「優子さんのことが好きで好きでたまらないから会いたい」というニュアンスがビンビン伝わってきていた。

ラッキー! オープンラストでお店にいて、10万円くらい使っていきなさいね! あたしまじめにセクキャバで働いているから、心配しなくていいのよ。

それにわたしも闇川さんのこと、ちょっとは好きだから、わたしのおっぱいをいっぱい揉んで! 乳首も舐めて! 恋人気分でいろんなことをやろうね。

店にやってきた闇川さんは、100%わたしに惚れていると顔に書いているようだった。店に来るや、すぐにわたしを指名した。わたしのドレスからこぼれそうな胸を、見ないように努力している様子がとてもかわいらしかった。わたしも闇川さんに恋してしまいそうなほど、少年のようにかわいい表情でわたしの乳を見たり、わたしの右の脇の下にあるホクロを見たりしていた。

わたしは闇川さんに「なにかドリンクを頼んでもいい?」と聞いた。もちろん闇川さんはダメとは言わなかった。

ドリンクが来て乾杯をしたら、すぐにわたしを抜きにボーイがやってきた。この客はラストまでいるから、客が来て乾杯をしたら抜いて、ほかの席につかせてほしいと、わたしが事前にボーイに言っておいたのだった。

ほかの客もラストまでいさせるようにすれば、10万円を支払う客が今夜は2名になる。稼いで、借金を返済しないと!

5回目のダウンタイムのとき闇川さんの席に戻ると、彼はわたしのパンティの上から密壺の両サイドのビラビラを触ってきた。わたしは触られるがままにしておいた。しっかりと濡れていることは、自分でも気がついていた。黒のTバックのパンティが、アソコの筋がくっきりと見えるくらい、ぴたりとアソコに張り付いているのが自分でわかった。

でも、されるがままにしておいた。

きっと闇川さんはわたしにハマっている。わたしが歌舞伎町のホストにハマったように。

きっと闇川さんはわたしのことを必要としている。わたしが歌舞伎町のホストを必要としていたように。

それに道頓堀というアウェーにあっては、闇川さんをうまく味方につけたほうが得策だ。

7月になると闇川さんは、毎週お店にやってくるようになった。きまって金曜の夜に店に来て、そのまま道頓堀のビジネスホテルに1泊し、土曜は同伴し、ラストまで店にいるようになった。

街金の回収担当者の給料なんて、きっと安いだろうにお財布は大丈夫なのかな?

こんなことをわたしが思っていたら、彼のほうからお金のことを口にしてきた。

「ぼく、会社に借金して優子に会いに来てるんだ。ほら、ぼくの会社、闇金まがいの会社だから金利が高いじゃない? でも社員割引で、少しだけ安い金利で社員はお金を会社から借りることができるんだ」

わたしは思わず「バカじゃん?」と言った。ミイラ取りがミイラになるとは、このことを言うのだ。わたしはいたずらっ子のように「で、借金、いくらあるの?」と訊いた。

「200万円」

「それ、どうするの?」わたしは闇川さんに聞いた。

彼は答えた。「優子さんと京都の祇園にあるファッションヘルスで働いて返済するんだ。おれは優子ちゃんのお店のボーイとして働くから。優子ちゃんさ、ヘルスで働くともっと稼げるよ」

「なにそれ! いきなり京都の祇園に行くってこと? わたしは闇川さんと一緒に暮らすってこと?」彼は黙ってわたしの目をまっすぐに見てうなずいた。

やれやれ。闇川さんは気が弱いのか、気が弱そうなふりをしているだけで、じつは図太い性格なのか、わたしはよくわからなくなった。

でも、これだけは言える。

わたしは彼のことを必要としていたし、彼はわたしのことを必要としていた。これから借金を返し終えるまで、味方がそばにいてくれたほうがわたしは助かる。

わたしは最高の笑顔で闇川さんに言った。「うん、いいよ! 闇川さん、祇園に部屋を借りておいてね。ルームシェアでいいよ! 祇園のファッションヘルスも風俗専門の求人サイトで探しておいてね! できるだけ早く祇園に住もうよ」

ファッションヘルスがどんなサービスを提供するお店なのか、わたしは知らなかったけれど、心優しい理解者がいたほうが風俗業界で稼ぎやすいということだけは、すでにわたしのカラダが知っていた。

 

 

『世界が変わるとき』第3話に続く―――

『世界が変わるとき』第1話に戻る―――

2016/07/27
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