[特集]ひとみしょう 作 『世界が変わるとき』第3話(ユカイノベル)

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ひとみしょう 作 『世界が変わるとき』第3話

―――それは、一人の女性の成長物語―――
ユカイノベル

世界が変わるとき ~自分に自信がなかったわたしが自信を持つまで~

ひとみしょう 作

第3話「女王になった日」

祇園

闇川さんが祇園に借りてくれたアパートに、わたしは闇川さんよりもひと足先に到着し、生活を始めた。

闇川さんは、会社を辞める手続きをしたり、東京のひとり暮らしの部屋を片付けたりと、なにかと雑事に追われていて、4~5日、祇園への到着が遅れるとのことだった。

祇園で暮らしはじめて2日くらい経ったとき、闇川さんから祇園のアパートに手紙が届いた。

手紙にはこんなことが書かれてあった。

 

優子さん、ぼくは優子さんのことが好きです。

風俗嬢の優子さんのことも好きだし、ひとりの女性としての優子さんのことも好きです。

優子さんのことが好きなのに、なぜ優子さんに風俗の仕事を斡旋したのかわかりますか?

ふつうは、好きなら、風俗の仕事から足を洗わせるように、男がどうにかするべきでしょ? と思いますよね。

優子さん、あのね、ぼくは優子さんには風俗嬢としてのセンスがあると思っているんです。

男を騙すのではなく、男を心底「その気にさせて」、ハマらせていく、限られた女性しか持っていない天性の才能があると思うんです。風俗嬢専門の街金の回収担当として、これまでたくさんの風俗嬢を見てきたぼくはそう思います。

アイドル歌手とかテレビのタレントさんとか、そういう職種の女性が持っているような才能が優子さんにあると、ぼくは見ています。

そしてぼくは、そういう優子さんと、いつまでも一緒に暮らしたいと思っています。できることなら結婚したいと思っています。

だからまずは、ぼく自身の仕事をどうにかしようと考えました。ぼくはいつまでも街金の回収係りとして生きていこうとは思っていません。そういう仕事で妻子を養いたくないのです。

回収係りとして生きていこうとは思っていません。そういう仕事で妻子を養いたくないのです。

風俗店でもどこでもいいので、とにかく、ちゃんとした接客ができる男になって、風俗店であれカフェであれ、どこでも通用する接客マンになりたいと思っています。ちゃんとした接客マンとして生活を立て直したうえで、優子さんと結婚したいのです。だからもっとも仕事がきつそうな風俗店のボーイを、ぼくは選択しました。

だからぼくは風俗バイトの求人サイトを見て、優子さんと一緒に採用してもらえそうな祇園のファッションヘルスに応募したし、優子さんにぼくのそばで働いてもらいたいと思ったのです。

 

……というようなかんじで、まぁ、わたしからすれば、めんどくさい男の戯言が長々と書き記されてあった。

わたしは手紙を4つに破ってゴミ箱に捨てた。

好きですとか、そんなこと、口で言えばいいのに……男ってなんでみんなこうなのだろう。めんどくさいな……。

それに接客マンってなんだ? 結婚ってなに? 一番きつい接客が風俗店のボーイ? なんのこっちゃ?

わたしといえば、気が弱そうでマジメで、わたしのことを理解してくれている男が一緒にいてくれたら、なにかと仕事のストレスが解消されてまことにいいとしか思っていなかった。

でもまぁ祇園のファッションヘルスを闇川さんが紹介してくれたことは、わたしにとってラッキーといえばラッキーなことだった。

お酒が弱いわたしが、売上のためにお酒を飲んで、二日酔いでカラダがしんどくなるセクキャバよりも、ヘルスのほうがきっとカラダは楽なはずだ。

それにセクキャバみたいに、お客さんと恋愛の駆け引きみたいなことをしなくてすむ分、精神的にもファッションヘルスのほうが楽なはずだ。

実際に祇園のファッションヘルスで仕事をしてみると、歌舞伎町のデリヘルと同じような感じだった。

女の子の待機の部屋で雑誌を読んだりテレビを見たりしていたら、ボーイさんに「優子さん、ご指名です」と呼ばれて、そのままお店の個室に行く。

個室に入ると、お客さんと軽くお話をしながら、お客さんの洋服を脱がせてあげて、脱いだものをたたんであげる(たたんであげると、なぜかお客さんが喜んでくれる)。

で、シャワーを浴びてうがいをしたら、個室に戻ってキスをしたりフェラをしたりしながらそれなりの時間が過ぎると、お口で発射させてあげるか、素股で発射させてあげるか……という、ホントに歌舞伎町のデリヘルのようなサービス内容だった。

オプションとして、アイマスク(¥2,000)とか、ローター(¥2,000)、ごっくん(¥5,000)などがあった。アナルファックは¥10,000だった。

わたしはすでに、初対面のお客さんであっても、わたしのことを気に入ってくれているかどうかを見抜けるようになっていたので、わたしのことを気に入ってそうなお客さんには、積極的にオプションをおすすめした。

お客さんのなかには、財布のなかの諭吉を確認している人もいたけれど、たいていはよろこんでつけてくれた。

なかでも、アナルファックをやる女の子は、わたしの店ではわたししかいなかった。だからわたしはかなり稼ぐことができた。

指名をたくさんいただこうと思えば、ほかの女の子がやらないことをしなくっちゃ!

ただ、無店舗型のデリヘルのように移動時間がない分、外の風景を見て気分転換ができないというのは、最初は少々しんどかった。

でもそれだって、移動時間がない分サクサクと稼げると思えば、そのうち気にならなくなった。

どんなときだって物事のいい面を見る努力をしていたら、どこで働いていても、それなりに楽しく稼げるのだ。

ちなみに闇川さんは、わたしと同じ店でボーイをやっていたけれど、わたしのタンポンを買いにコンビニダッシュしたり、ほかの女の子にタバコを買いに行かされて、ちがうタバコを買って帰ったためバカ呼ばわりされたり、なにかと大変そうだった。

そんな闇川さんを横目で見ながら、わたしは闇川さんって、ホントはドMなのかもしれないと考えるようになった。

ドMならわたしの奴隷として、プライベートでもしっかり弄んであげないと! なんてことを考えていた。

そして実際に、一緒に暮らしている部屋で女王様と奴隷のプレイを楽しむようになった。

風俗バイトをしていたら、どうしてもエッチな能力がグンと高くなる。

そういう能力を、ふだんプライベートでは使わない子だって、もちろんいる。そこまでエッチな行為が好きではない子たちだ。

でも、毎日、男子のそそり立っているアレを見たり、ハダカでウロウロしたり、素股で中途半端にイカされたりしていたら、女子も生身の人間である以上、どうしてもちょっとエッチなことに関する感覚がおかしくなってくる。

わたしは実際におかしくなった。

セックスが好きなわけではないけれど、妙に発達した性的能力をプライベートでも発揮したいと思うようになっていた。

だから闇川さんに向かってわたしは

「おい、そこのドM! あたしの**を舐めろよ」

とか

「闇川! 今夜もちゃんとわたしをイカせろよ、このヘタレ」

とか、そんなことを言いながら、わたしがしたいエッチなことを彼にやるようになった。

仕事から帰ってきて、次の日仕事に出かけるまで、わたしと闇川さんは女王様と奴隷の関係になった。

こんな女王様のような才能が自分にあったことを発見したときは、じぶん自分でもおおいに驚いたけれど、これがまぁ闇川さんの言うところの「天性の才能」なのかもしれない。

そしてそういう行為は、わたしにとってものすごく楽しいことだった。

闇川さんのことを、わたしは最後までイカせてあげないことのほうが多かったので、きっと彼はモンモンとしていたのかもしれないけれど、それでも、あんなおかしな手紙をわたしによこしてくるくらいだから、イカせてもらえなくても、わたしのを舐めたり触ったりできるだけできっと幸せを感じているはずだ。

ドMの男って、そういうものでしょ?

そういう生活が2ヶ月ほど続いた。

そのあいだ、わたしの借金は、毎月自分のお給料からきちんと返済し続けた。

闇川さんも、自分が会社から借りたお金をきちんと返済していたようだけど、ファッションヘルスのボーイのお給料はすごく安いみたいで、返済したら毎日1食、カップラーメンを食べるくらいのお金しか手元に残っていなかった。

だからわたしは同居人としてかわいそうに思えてきて、彼の食費や洋服代を払ってあげるようになった。

いくら闇川さんがドMだからといっても、生命にかかわるようなサディスティックなことをやってはいけないことくらい、わたしだって知っている。

昼職を長くやってきたわたしには、それくらいの常識はある。

だからわたしはコンビニに行くと、自分のご飯と、彼のご飯の両方をちゃんと買った。彼の下着だって、ときどき買ってあげた。みすぼらしい下着を身につけている奴隷といやらしいプレイをしたくなかった。

わたしの奴隷は、わたしにふさわしく、それなりの色気を持っていてほしかった。

というわけで、わたしは毎月かなりの金額を稼いでいたにもかかわらず、結局、借金の返済をして、闇川さんのご飯代などを払えば、手元に残るお金はほとんどなかった。

そしてあろうことか、やがて私は、闇川さんの借金も肩代わりするようになった。

ファッションヘルスのボーイさんって、本当にお給料が安く、コンビニで100円を分けるように使っていて、もう見ていられないのだ。

それに、わたしは祇園のファッションヘルスでも人気ナンバーワンだったから、お金なんていくらでも稼げたし、金銭感覚が狂っていた。

「100万円? まあ来月になるとそれくらいは手元にあるっしょ!」

というかんじで、コンビニでもドラッグストアでも大人買いを楽しむようになった。

ブランドもののカバンなんてもちろんのこと、Tシャツだって靴だってベルトだって、すべて買い揃えるようになった。

そういう生活が続いたある日のこと、お店に来た金持ちの常連客の話を聞いていると、毎月チマチマとした生活をしつつ、闇川さんの分まで返済するのがバカらしく思えてきた。

その常連客は京都の祇園のお土産屋に茶筒を納めている工場の経営者の息子だった。

少女マンガに出てきそうなくらいのイケメンで、金持ちで、しかもドMだった。

わたしは接客をしながら、何回も、そのお客さんと本番をやってもいいかなと思ったけれど、彼は本当に本当のドMだった。

わたしが素股を途中でやめて「ねえ、延長する?」と聞けば、彼は勃起したものから我慢汁を垂らしながら「はい、延長します」と答えた。

延長の時間が終わるころ「もう1回延長する? もっと素股をしながら乳首を責めてあげたいな」と言うと、また「はい、延長します」と答えた。

彼は2時間でも3時間でも、わたしが「もういい」と言うまで、ずっとわたしにいじめられていた。

お金がたくさんあるとは、こういうことをいうのだろう。

だからわたしは、ためしに彼に「ねえ、毎月100万円をお店で使ってよ」と言ってみた。

彼はドMの口調で「はい、ぼく、優子さんのためならいくらでもお金を使います」と答えた。

わたしはおもしろくなって「なら、わたしに毎月1,000万円使ってよ」と言った。

すると彼は「はい、優子さんのために、ぼくは毎月1,000万円使います」と答えた。

わたしはさらにおもしろくなって「なら、わたしとどこかに引っ越して一緒に暮らしてよ」と言った。

わたしは闇川さんのことを、わたしのよき理解者だと思ってはいたけれど、毎月手取りで20万円も稼いでこない奴隷との関係に少し疲れていた。

だから、ちょっとばかりわたしが行方不明的に闇川さんの前から消えて、彼を焦らせてみたかった。

わたしが消えたら、彼は自分で祇園のアパートの家賃を全額支払わなくてはならない。

アパートの家賃と光熱費をすべて闇川さんが支払ったら、彼はきっと毎日カップラーメン1つで生きてゆくはずだ。

祇園のヘルスに、わたしのほかに闇川さんのめんどうを見てあげるような気立てのいい風俗嬢は在籍していないのだから。

どんくさくて指1本触れてほしくない男、それがほかの風俗嬢の、闇川さんへの評価だった。

わたしは風俗の求人サイトで、ドM男性専門の性感マッサージのお店を探した。

全国どこにでもその手のお店はあった。

求人サイトを見たり、お客さんが見るお店のHPを見ながら、わたしは横浜の伊勢佐木町にあるM性感マッサージのお店に移ることに決めた。

横浜でも大阪でもどこでもよかったのだけれど、どうせイケメンの大金持ちのドMの男がお金を払ってくれるのであれば、以前から住んでみたい街に行こうと思ったからだった。

茶筒工場の息子に「横浜に引っ越そうよ」と言うと、彼は「はい、ぼくは優子さんが行くところ、どこにでもついていきます」と答えた。

「そしたら横浜の伊勢佐木町のあたりに、立派なマンションを借りておいてね」とわたしは言った

その日、祇園のアパートに戻ると、闇川さんは暇そうにわたしの帰りを待っていた。

わたしは闇川さんに言った。

「おい、貧乏な奴隷! わたしは横浜に出稼ぎに行ってくるから、わたしが帰ってくるまでおとなしく待ってろ」

闇川さんは、急な話でなんと答えたらいいのかわかりませんというような表情で「うっ」とだけ言った。少しして彼は言った。

「ぼく、優子さんに毎晩いじめてもらわないと生きていけないです。それにぼくの収入だけで暮らしていくなんて不可能です」

「お金なんていくらでもやるから、わたしが帰ってくるまでおとなしく待ってろよ」と私は言いながら、彼の乳首をTシャツの上からつまんだ。そしていつものプレイが始まった。

プレイが終わるころ、闇川さんは、わたしの「出稼ぎ」を100%了承してくれた。

このころのわたしは、今思うと、風俗嬢として、ひとつの頂点にいたころだったと思う。

女の色気をどう出せば、お客さんがどういう反応を示すのか、手に取るように分かった。

色気を出さないで、人としての誠実さを出すべきときも、おもしろいように分かった。

まるでゲームをしている感覚だった。

もちろん肉体的にしんどいことだってあった。あまりにも大きな男性器をアナルに入れられるのは苦痛といえば苦痛だった。

でも、そういうのって慣れてしまえばどうってことない。ローションを使って要領良く入れてしまえばすむ話だ。

もちろんアナルファックは、向き不向きがあるから、わたしは単純に向いていただけなのかもしれないけれど。

問題は、わたしの金銭感覚が麻痺してしまっていたことだった。

自分を好きになりたいとか、自分を変えたいと思っている人は、よく聞いてほしいのだけれど、自分なんてものは、お金があれば変わってゆくものだ。

お金を稼げるようになると、周囲の風景がまったく違って見える。

そこに、よき理解者がいたら、もっとちがって見える。世界全体がわたしを女王様に仕立ててくれているように感じられてくるから不思議だ。

もちろんわたしは運が良かったから、風俗業界未経験にして、かなりの金額が稼げた。

でも運が良くても悪くても、とにかく稼ぐことが大切だ。

手取りで20万円もない女子と、手取りで100万円以上ある女子とでは、見ている世界がまるっきりちがう。

まわりに集まってくる人もまるっきりちがってくる。

それはきっと、お金というものが持つ魔力のせいだろうと思う。

大金を手にしたら、自然とそこに集まってくる人がいて、そういう人たちがわたしにドラマを提供してくれる。

お金って、そういうものなのだろう。

4月のある晴れた日の朝、わたしは茶筒工場のイケメンご子息に「横浜のマンションの用意はできた?」と電話で尋ねた。

彼は「はい、優子さんのお目にかなうマンションを用意しました」と言った。

性的な満足と金銭的な満足の両方が満たされる、めくるめく生活の幕開けだった。

 

 

『世界が変わるとき』第4話に続く―――

『世界が変わるとき』第2話に戻る―――

2016/08/10
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