ユカイノベル

ひとみしょう 作 『世界が変わるとき』第5話

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―――それは、一人の女性の成長物語―――
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世界が変わるとき ~自分に自信がなかったわたしが自信を持つまで~

ひとみしょう 作

第5話「気の向くままに」

名古屋

翌朝の8時に、新横浜から新幹線に乗り、わたしはヒロシの待つ祇園のアパートに戻った。

新幹線がトンネルに入るたびに車窓に映る、自分の顔を見ながら、わたしはぼんやりと自分のことについて考えていた。

金持ちのイケメンのドM男と一緒に暮らしていたこと。

風俗業界に入ってからずっと、闇川ヒロシと一緒にいること。

ドM男のことも、ヒロシのことも、好きではないけれど、ちょっとは好き。愛しているかと聞かれたら、愛していなくはないけれど、それはきっと、世間の人が言う愛とはちがうんだろうなということなどなど……。

きっとわたしは投げやりな性格なんだろうと思う。

風俗業界に入る前にやっていた昼間の仕事のお給料は安かったし、その仕事が楽しいわけでもなかった。20代半ばにして、とくにやりたいこともないし、自分のことが好きなわけでもない。

だからふとしたきっかけで風俗バイトを始めて、ホストにハマって借金ができて、それなりに風俗バイトをやっているなかで、何人かの男たちとそれなりの暮らしをしている。

投げやりな性格がこの心のどこかになかったら、きっとできることではないのだろう。

でも、若くして自分がやりたいことを見つけて、そこに邁進する子っているの?

若いときって、自分がなにをしたらいいのかわからなくて当然じゃないの?

自己正当化したいわけではないけれど、やりたいことを見つけるとか、自分のことを好きになれるって、30歳を過ぎてからそうなればいいんじゃないの?

みんな、そんなもんじゃないの?

というわけで、祇園のアパートに着くとわたしはすぐに、奴隷的にわたしのことを大好きでいてくれるヒロシに、肩と腰を揉ませ、その流れでローションを使ってお尻とアソコを揉んでもらい、エッチした。ヒロシのはシゴいてあげなかった。めんどくさかったから。

投げやりに生きる心があれば、これくらいのことはしれっとできる。

ヒロシは相変わらず貧乏だった。

風俗店のボーイの給料は、ホントに泣けてくるくらい安いようだった。わたしはどこの風俗店でも毎月50万円以上は稼いできたというのに、わたしより長時間働いているヒロシのお給料ときたら!

でも、ヒロシは貧乏であることをさほど苦に思っていないようだった。

わたしをセックスで満足させてくれたヒロシは、近所のコンビニで買いだめしているカップラーメンをおいしそうにすすって、残ったスープ にいつのものかわからないご飯を入れて、それもおいしそうに食べていた。

そして不思議なことに、そういうヒロシを見ていたら、彼のことが心底かわいく思えてきた。

27歳にして、同い年くらいの男のことを、心底かわいいと思う自分に驚いたけれど、かわいいものはかわいいから、わたしはやっぱり当分、ヒロシと一緒に暮らすことに決めた。

昨日まで一緒に暮らしていた伊勢佐木町の金持ちドMイケメン男には悪いけど、しかたない。

投げやりな気持ちがあると、生きてゆくのに便利なのかもしれない。心のままに行動できるから。

というわけで、わたしは次の風俗バイトを探すことにした。

いつものように風俗の求人サイトをスマホで見ながら、ヒロシに祇園のここの店は客層はいいの? とか、 祇園のあそこの店の店長ってどうなの? とか、いろんな質問をした。

質問をしてよくわかったことは1つだった。

ヒロシは わたしとつきあっていることを

みんなに

喋っていた

ということだった。

ヒロシのアホ!

そんなことを喋ったら、あたし、稼げないじゃない!

狭い狭い祇園の風俗の世界で

売れっ子の優子は 店のボーイと つきあっています

ってことが知れ渡ったら、どうやって稼げばいいというのだ?

というわけで、わたしはしかたなく他の場所に引越しをすることにした。

投げやりに生きていたら、引越しなんて、何回でもできる。

引越し先?

そんなもの、祇園以外の街ならどこでもよかったので、ヒロシに好きな食べ物を聞いて決めた。

「ヒロシ、好きな食べ物を1つ言ってみて」

「手羽先」

引越し先は名古屋に決まった。

わたしのバイト先は、最近稼げるとの噂がある風俗エステに決めた。興味があったからだった。

そして風俗の求人サイトに、それはいくらでも募集があった。

ヒロシはボーイの仕事が大変で辞めたいと言っていたので、名古屋のわたしが応募した店の近所の、風俗店の送りドライバーをやらせることにした。

車?

わたしの貯金で買えばいい。なにもフェラーリがないとできない仕事ではない。50万円くらいで7人乗れる中古のTOYOTAエスティマでも買えばいい。

いかに美しいデザインの、女子が惚れ惚れするような真っ赤なフェラーリを持っていたって、2人乗りの車では送りのバイトはできない。

送りはデートではないのだから。

風俗エステの仕事は、デリヘルや性感マッサージのお店に勤務したことのあるわたしからすれば、ものすごく楽チンだった。

風俗エステのお仕事は、ほかの風俗のお仕事に比べて、簡単なのだ。

つまり口でのサービスがないとか、お客さんに触られないとか、お洋服を脱がなくていいとか……それに初心者には講習もある。

それでいてお給料は、デリヘルや性感マッサージとおなじくらいだった。

風俗の求人サイトには、60分コースのお客さんをひとり施術すると5,000円くらい女子が稼げますとか、わりと安めの給料体系が書かれてあることもあるけれど(そしてそれはウソではないけれど)、結局のところ、お客さんは女子のことが気に入ったら延長する。

どんな風俗店でもおなじことだ。

風俗エステの場合、お客さんによっては、5時間延長なんてこともあった。

5時間もおなじひとりの女子と一緒にいて、なにをするのか?

お話をするのだった! マジで!

風俗エステって、モロに性的サービスを期待しているだけのお客さんというわけではない。

お店によって提供するサービス内容が少しずつちがうけれど、わたしのお店は、お客さんのカラダを洗ってあげるところから始まる。

カラダを洗ってあげて、そこから簡単なふつうのマッサージが始まる。ひと通りマッサージをしたら、お客さんの紙ショーツの隙間からそっと指を入れてタマをマッサージしてあげたり……そういうサービスが始まる。

その頃にはすでにお客さんのアレは、かなりお元気になっているので、紙ショーツを下ろしてローションまみれにしたアソコをシゴいてイカせてあげる。

ま、たとえばこういうことをする。

こういうことをされたがっているお客さんで、しかもこういうことに3万円も5万円も払うことができるお客さんって、わりと精神的にも金銭的にも「オトナ」なのだ。

だってもっと過激なサービスを求めるならソープランドに行くでしょう?

性的サービス満載で、ドM的なサービスがほしければ、高級ドM性感マッサージ店に行くでしょう?

風俗エステに来るお客さんは、かわいい女子といちゃいちゃしたい……まずこう思っているとわたしは感じる。

いちゃいちゃしながら、それなりの会話をして(キャバクラの会話のもっとユルい会話)、肩を揉んであげたり腰を揉んであげたりしながら、また会話をして(会話が面倒であれば、マッサージでお客さんを寝かしてしまえばいい!)、紙ショーツの隙間から指を入れて、淫靡なエッチなことが始まって……で、たいていのお客さんはローションの魔力には勝てないので、すぐにイク。

イクと、お客さんは満足して、延長を申し込んでくる。

延長時間になにをするのかといえば、お客さんに「お腹すいた」と言えば、デリバリーのピザを取ってくれたこともあった。

一緒に映画を観たいと言えば、お客さんが持ってきたタブレットで、映画を観たりもした。

楽チン!

これで多い日には、5万円プラスアルファのお給料!

風俗エステでバイトをしている女の子は、どういうわけか、ふつうのOLが多かった。商社に勤めている女子もいれば、メインの仕事は女子向けのエステティシャンで(お給料がヒロシほどに安いらしい!)、休日に風俗のメンズエステでバイトをしている女子もいた。そういう、片手間に風俗エステをやっている女子でも、毎月15万円から20万円は稼いでいるようだった。

わたしは80万円くらい稼いでいた。

入店して3ヶ月もすれば、リピーターをゲットすることができたからだった。

わたしのリピーター客のひとりは、名古屋の「メ~テレ」によく出ているお笑い芸人さんだった。テレビをほとんど見ないわたしは最初、そのお客さんが芸人さんであることがわからなかった。

わたしに芸人さんであることを教えてくれたのは、お店の受付の女子だった。彼女は言った。

「あの芸人さんな、名古屋のメ~テレゆうテレビ局の番組によう出とるわ。ワイドショーの司会してるんやで。あんな、あのお客さんな、気に入った女子にはかならずサンドイッチの差し入れをするねん。せやから優子ちゃんも気に入られてサンドイッチもろうてきて! わたしお腹すいてんねん」

わたしの店の受付の女子は、大阪から出稼ぎに来ている子だった。

でもわたしはその芸人さんに対して、「あなたのことはなにも知りません」という態度をつらぬき通した。

受付の女の子はきっと知らないのだ。有名人って、風俗店に足を踏み入れるだけでかなり緊張しているということを。

だってそうでしょ?

メ~テレに「**さんというお笑い芸人さんが昨日、名古屋市内の●●という風俗エステのお店にやってきました。テレビではときどきマジメなコメントをしている賢そうなお笑い芸人さんですが、プライベートでは下半身を使いまくってすごいですよ」なんて投書が届いたら、誰だってイヤじゃない。

有名人のお客さんであろうと、一般人のお客さんであろうと、とにかく皆さん平等に接客すること――わたしのなかの数少ない「風俗のプロとしての決めごと」をそのまま実践した。

そしたら次の日、またそのお客さんがやってきた。手にはサンドイッチを持っていた!

わたしはそのお客さんに好かれた!

わたしはサンドイッチを見て見ぬふりをしながら、彼のお洋服を脱がせ、それをたたみ、彼をバスルームへと案内した。

そして彼の全身を、たくさんの泡を使って丁寧に洗ってあげた。

もちろん彼の乳首とかアソコは、念入りにソフトに洗ってあげた。

全身の泡をシャワーで洗い流し終わったあとでも、彼のそそり立ったアソコの先からは、我慢汁が絶えず垂れていた。

施術ベッドに仰向けに寝ている彼の紙ショーツからは、アソコの先が(つまり亀頭が)こんにちはしていたけれど、わたしはそれをしれっとショーツの中に収めた。

もちろんまっすぐ上に向けて収めることはできなかったので、左に倒して収めた。

カラダの「表」のマッサージが終わると、今度は裏のマッサージだ。

肩とか背中とか腰とか……とくにお客さんが期待しているのはお尻のマッサージだった。

紙ショーツを、アナルが見えるほど下ろして、お尻のほっぺをしっかりと揉んであげると、たいていのお客さんはうれしそうにする。

お尻のマッサージが終わりかけた頃、お笑い芸人さんはみずから膝を立てて四つん這いになり、自分から紙ショーツを脱いだ。そして彼は言った。

「もう我慢できないから、後ろからシゴいてよ」

この人もドMだ!

わたしはヒロシにするみたいに、丁寧に後ろから右手でアレをシゴきつつ、左手で立派なタマが2つ入っている袋を揉んであげた。

その翌日も、そのお笑い芸人さんはお店にやってきた。手にはサンドイッチが入った袋が3つ下がっていた。

その次の日も、彼はやってきた。ヴィトンのトートバックに収まりきらないほどの大きな紙箱を手に持っていた。

「サンドイッチ、多いかもしれないけど、お店のみんなで食べてよ。店長にも渡しておいて」

彼がほとんど毎日のようにわたしを指名してくれたおかげで、わたしのお給料は100万円になった。

そのお金をどうしたのか?

少しだけ借金の返済に充てた。少しだけね(笑)。

あとは貯金した。

わたしの貯金は200万円くらいになっていた。200万円貯めると、次は500万円貯めようと思うようになり、わたしは毎日、お笑い芸人さんにメールをした。そのうち彼のほうからLINEのIDを教えてくれて、わたしたちはLINEでやり取りをするようになった。

こうなったらもう、こっちのものだった。わたしは彼を毎日お店に呼んだ。

彼はテレビの本番が始まる少し前までわたしのお店にいて、お店からメ?テレに入った。メ?テレの収録が終わると、またわたしのお店にやってきて、お店が終わるまでずっとわたしと一緒にハダカで過ごした。

こんなことが3ヶ月くらい続いたある日のこと、なにげなくつけたテレビに彼が出ていた。

テレビの中の彼は、お笑い芸人としてワイドショーの司会をしていたわけではなかった。

麻薬で逮捕! 大物お笑いタレント

というテロップが、テレビ画面の右上にあった。

彼には申し訳ないと思うけれど、わたしはこの画面を見たとき、鼻で笑ってしまった。

どうして芸能人は、お薬がこうも好きなのだろう。

風俗エステのバイトは、わたしにとっては超が10個つくくらい簡単でつまらなかったし、お笑い芸人さん以外に、わたしを指名してくる人もいなかったので、わたしはこの店を辞めることにした。

ヒロシに辞めると言うと、彼は「おれも送りドライバーの仕事、辞めたい」と言った。

理由を聞くと彼はこう答えた。

「だって、名古屋って、おれ、初めて住むから、道がわからないんだ。道がわからないと、乗せている女の子が怒るんだ」

たしかに。

「どこの街なら、道、知ってる?」わたしはヒロシに聞いた。

「茨城なら詳しい。元カノが住んでいたからよく行った」

「イバラギって大阪の茨木?」

「優子ちゃん、イバラキや。関東の茨城県や。大阪のはイバラギや。茨城県の土浦なら詳しい」

わたしの質問に、ヒロシはなぜか大阪弁で答えた。ちょっと調子づいているようだったけれど、大阪弁が持つ不思議なニュアンスに、わたしはなぜかひどく納得した。

ということで、わたしとヒロシは茨城に引っ越すことにした。

わたしはふたたび風俗の求人サイトで、土浦にある風俗店を探した。

どうして風俗の求人サイトって、「選び放題」に見えるのだろう?

とくにわたしのように、何年も風俗バイトをやっている者からすればそう見えるのだ。

選び放題に思えてくると逆に選べない。

でもこういうときに、生来の投げやりな性格がものを言う。

「ソープでもやってみようかな」わたしはヒロシに言った。

「おれは、もう風俗店のボーイとして働くのはイヤだよ」とヒロシは言った。

「ヒロシ、あんたバカじゃないの? 誰がソープのボーイをやれって言った? 送りのドライバーとして、ソープで働けばいいじゃん。せっかく車を買ってあげたわけだしさ」

これですべて決まった。

投げやりな人生、万歳だ。

オトナたちは、投げやりに生きてはロクなオトナにならないと、よく言う。

もっと人生を積み重ねるようにマジメに暮らしなさいと言う。

でも、そういうのって、半分はウソだとわたしは思う。

マジメに生きなさいと言っているウルサイオトナだって、きっと若い頃、投げやりに生きていた時期があるはずなのだ。だから投げやりに生きてはいけないと言うのだ。

であれば、わたしだってあと少しくらい投げやりに生きてもいいじゃない。

鼻歌まじりにサイコロを転がすように、アルバイトをするお店を決めて、決めたお店で一所懸命に接客をする。

そうやってわたしは、25歳から27歳までを過ごした。

それがいけないことなのであれば、それの一体なにがいけないと言うのだろう?

選び放題の風俗求人サイト、万歳!

風俗バイト、万歳!

わたしはかわいいヒロシと貯金を得て、ヒロシに車まで買ってあげることができた。

「ヒロシ、土浦まで車で行こッ!」わたしは彼の頭を撫でながらこう言った。

「おれ、名古屋から静岡の御殿場までの道、知らないんだよ、御殿場まで出たら東名高速で都内に入ればいいじゃん」

「ヒロシ、あんたバカじゃないの? 名古屋から高速道路に乗るの。道はどこまでもつながっているの。それだけのこと」

「女王さま、頭の回転が速いね」

わけのわからないことを言うヒロシの頭を、わたしは撫で撫でした。

 

 

『世界が変わるとき』第6話に続く―――

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2016/09/14